ゆうさんのブログで教育関係の話がでてたので、
ちょっとペンディング事項であったネタを、メモのように書いてみる。
まだ、ペンディング中。
(ちゃんとした立論にしてないので、言い回しでツッコムのはご勘弁を。
意見は歓迎。)


教育とは、飼育みたいなもんだ。
教育は、現在生きている人間の意思により行われる。
なので、少なくとも、子供のためではない。
親のため、現在の社会のため。である。
だって、教育において、先に生きている人の既得権益を奪うような内容はないだろう。
(もしかしたら、ドラッグにどっぷり浸かる方が、子供にとっては幸せかもしれないのだけど、
それを、それ以外の者の利益のために(形としては君の未来のためにって言うけどね)、
やめさせなければいけないのだから。)


本当に子供のためなら、極言すれば、放置でもよいはず。
でも、それじゃダメっていう人がいるので、放置しない。それは子供のためかどうかはわからない。


本当に子供のことを考えている人だっているよ、って反論が来るだろうが、
その人も、自分の考えで子供のためって思ってるだけなので、子供のためとは言えない。


だから教育は不要、ってわけじゃなくて。
僕は、僕が快適に生きていくために、先に生きる人間が快適であるために、
教育は必要だと思う。
現在の社会を壊さず、かつ、そこから分配を受ける仕組みを無難に作ってもらうためにね。


と思っている僕は、「子供のため」なんて言って自分の考えを押し付けるような、
頭の固い熱血教師は大キライなのだ。教育の捉え方につき偏りがある。
「俺のため、先人のために」といいつつ、ちょっとした容赦のある教師の方がよほど信頼性が高い。



さて、明日も終日工場見学。腰が心配。腰痛が極めてひどくなってきた。